帰宅、二択。
年末から年始にかけ我が家では水難が続いている。キッチンの蛇口、洗濯機の蛇口、トイレ、洗面台と続いた。とはいえいずれも軽い水漏れ程度なので大事故にはならない。
トイレは私が自分で調整修理し、キッチンと洗濯機の蛇口はマンションの管理会社の人に即日対応して貰い直った。問題は洗面台である。
洗面台の故障は、正確に言うと洗面ボウルの破損による下部から水漏れである。洗面ボウルは陶器で出来ており、なにかしらが落下した衝撃で割れ微少な穴が空いてしまったようだ。
とある日の夜、私はこの洗面台の破損に気付いた。が、妻にはなにも言わず見て見ぬ振りをした。なぜなら、妻に報告すれば確定で私のせいにされるのが目に見えていたからである。恐らくは娘がドライヤーかなにかを落として破損させたのだろう・・・。ともあれ原因は不明であった。
その翌日、仕事を終え帰宅すると妻が激高していた。ちなみに平時において私が帰宅した際の妻は二分の一の確立で苛々している。だが今日のそれは普段よりも具合が悪いと私は感じた。
「ねえ!夫ちゃん!あなた洗面台割ったでしょう!!?」
はいはい来ました、やっぱりな、糞が、と思いながらも私は冷静に返答した。
「ああ、割れてるよね。昨日気付いたけどあれは俺のせいじゃあないよ」
「じゃあなんなの!誰がやったの!!」
「いや、それは分からないけど・・・」
「とにかく!水が漏れてんのよ!!!」
洗面台を見ると、洗面台にXの形で養生テープが貼られており、使用できなくなっている。妻がそうしたようだ。
「下からみずがポタポタもれdhqwりうとぇtろいほぎゃくあああぱぱぱ!!!」
あーこいつ発狂してんわ、と思いながら洗面ボウルの下を確認すると、確かに微小な穴が空いており、そこから水漏れが確認できた。
「あたしせっかく今日パート休みだったのに!!管理会社に電話して疲れた!!電話すごく苦手なのに!!!休まらない!!!ぎゃおおおんん!!!!」
私としては仕事から帰った直後だし一刻も早く荷物を置いて着替えたがったが、しかし今はとにかく発狂した妻を落ち着かせる必要がある。
「でもね、早めに気付いてよかったよね。これぐらいの穴なら自分で塞げそうだし」
「あ゛!??自分で塞ぐ???何言ってんの???」
「え?いや、あの、とりあえずさ、洗面台使えるようにしないと不便じゃない?」
「あたしは今日管理会社に電話したの!!!交換して貰えるように言ったの!!!」
「う、うん・・。ありがとうね。でもs」
「でももクソもない!!あたしは疲れたの!!!あたしが(電話して)やったの!!!」
「・・・・・うん」
「それを勝手に塞ごうとかしないで!!!!」
「え?あ?なんで?」
「だから休みなのにあたしが全部連絡とかしたのよぉぉぇええおえ!?!?!?!」
「じゃあ手洗いとか歯磨きとかどうすんの?」
「キッチンでやって!!!!!」
「は?マジで言ってんの?不便じゃん?」
「きぇぇぇいえぇいぇえじぇえぇいぴおいいぇりうぇ!?!?!??!?!」
今回の発狂モードはかなり手強い。今思えばここで引き下がればよかった。だが、ついカッとなった私はこのとき明らかなる悪手を選択してしまったのだ。もはやどちらが正解か知り尽くしているはずの簡単な二択を、私は外してしまった。
「ああもう!とにかくさ!洗面台交換して貰えるつっても今日明日って訳にもいかなーし穴埋めるぐらい簡単だから!修理するから!いいね!?」
「あたs-がーぁぁやったのぉぉぉぉ・・・・・?!??!?!?!」(号泣)
こうなるともう何を言っても駄目。私は妻を諦め自室に戻り「陶器補修パテ」について調べ始めた。そんな私に着いてくる妻。
「やめて!!!勝手に調べないで!!!」
「うるせぇな!いいじゃんよ!直さないと不便なんだよ!」
「本当にやめて!!!じゃないと離婚する!!!」(※妻は割と簡単に離婚を口にするタイプの女です)
「・・・わかった。じゃあもう妻ちゃんの好きにしろよ!俺はなにもやんないから!」
「あたしはぁぁ・・あたしは疲れてるの!!!ああああああ!!!!!!」
全く話にならないのでその日は以降妻とは一切口をきかずそれぞれ別室で寝た。
翌日も妻と話をする気がせず、一日中お互い一言も喋らず過ごした。
しばらく険悪なムードが続いたある日、日中に妻からLINEが送られてきた。
妻ライン『賃貸の洗面台が割れたらどうしたらいいの?(ネット記事のリンク)』
妻ライン「洗面台がいつ使えるようになるかわからないから応急処置する」
妻ライン『陶器製品の補修に ボンド(アマゾンのリンク)』
妻ライン「これが使えるらしい」
妻ライン「俺の言った通りじゃないか!とかは言わないように」
こいつマジか・・・。だが私は大人の対応を見せた。
俺ライン「わかったよ、これあったら仕事の帰りに買ってくるね!」
妻ライン「4649(スタンプ)」
帰宅後私はさっそく補修パテで洗面台を修理した。2~3時間の乾燥後、水を流し漏れが無いことを確認。
「直ったよ。これでしばらくは大丈夫なはず」
「えへへ、便利になった!」
えへへじゃねぇよコノヤロー馬鹿がクソ○ねと思ったが、しかしうれしそうな妻の顔を見ると私も何も言えなくなった。
「あたしさ~、夫ちゃんがキッチンで歯磨きするの見てて嫌だったんだよね~!」
「・・・・・。」(マジでなんも言えねぇ)
夫婦円満の秘訣は「俺の意見より嫁の機嫌」である。その択を間違えると今回のようにどうでもいい事柄で損をすることになる。それも夫側が一方的にだ。
もしもチェンソーマンに『妻の悪魔』がいたら俺はそれが一番怖ぇな、とか思いながら復活した洗面台で穏やかに歯磨きをする私なのであった。